今回は、睡眠障害による体への影響を具体的な疾患に着目しながらみていこうかと思います。
個別の病態に入る前に、少し怖い研究結果をお示ししておきます。
2007年イギリスの研究では、睡眠時間が平均より2時間少なかった参加者は、死亡率が2倍高いことがわかりました。
またアメリカの研究では、平均睡眠時間が7時間以下の人は、早死にする傾向が強いこともわかりました。
脅してすいません。
では、それぞれの病態についてみていきましょう。
≪睡眠不足と心血管疾患≫
またまたで申し訳ないのですが、少し怖い報告を。
ペンシルベニア大学からのレビュー論文では、平均睡眠が6時間より少ないと全身の炎症レベルが上がり、心疾患のリスクがはね上がるとのこと。
『スリープ』に掲載された論文では、睡眠時間が4時間以下の女性は、心臓病で死ぬ危険性が2倍になるとも報告されています。
実際に睡眠不足が、循環器系にどのような悪影響を及ぼすのか少し列挙してみましょう。
・睡眠不足には、全身の静脈をふくらませるという恐ろしい力がある
・睡眠不足で、コルチゾールと呼ばれるストレスホルモンが増加する
・睡眠不足の生活を続けていると、平常時の血圧は確実に高くなる
・睡眠不足で、不整脈を発症するリスクが上がる
・睡眠不足は、循環器系に有害とされるLDLコレステロールの増加、血圧および血中脂質値の上昇、そして高血糖を引き起こす可能性がある
このようにさまざまな悪影響を及ぼしうる睡眠不足でありますが、もう少し詳しくみていきましょう。
高血圧に関して。
『スリープ』論文では、毎晩の睡眠が6時間以下だと、高血圧の危険性は3倍以上と報告されています。
実際に睡眠不足によりコルチゾールが増加すると、
・血管が収縮する
・筋タンパク質の分解が起こる
という現象が起こります。
加えて、睡眠不足によって交感神経の緊張状態がもたらされます。
そうすることで、コルチゾール+交感神経の合わせ技でより血圧の上昇が引き起こされるわけですね。
高血圧まっしぐらです。
不整脈に関してももう少し。
不眠症と診断された人は睡眠障害と無縁の人に比べ、不整脈を発症するリスクが29%上昇するとの報告があります。
気をつけたいところです。
では、睡眠不足になるとなぜこんなにも心臓血管系に影響がでるのでしょうか。
それは睡眠中に、損傷を受けた心臓のタンパク質が、新鮮なタンパク質と入れ替わるというプロセスが関係しているそう。
そのため、必要な睡眠が確保できないと、この修復のプロセスが阻害され、心臓に負担がかかりやすくなるわけですね。
簡単にできる対策としては、寝るときに、仰向けに寝るのではなく、横向きで寝ましょう。
左側を下にした横向き寝は心臓を圧迫するので、右側を下にして寝てみてください。
≪睡眠不足と糖尿病≫
続いては、睡眠不足と糖尿病との関係についてです。
睡眠不足あるいは体内時計に逆らう時間帯に眠ると、2型糖尿病のリスクが高まる可能性があるとのこと。
眠らないと、「インスリン」の分泌が悪くなって血糖値が高くなり、糖尿病を招くわけです。
1晩寝不足になるだけで、2型糖尿病のようにインスリンが正常に機能しなくなる恐れがあるとも言われていますので怖いですよね。
ここでも、いくつか怖い報告を列挙させていただきますね。
・慢性的に睡眠時間が6時間以下の人は、2型糖尿病を発症する率がはるかに高かった
・睡眠時間が5時間以下の男性で、糖尿病の発症率が3倍にも上昇する
・平均睡眠時間が5時間以下の人は、2種類の糖尿病になる割合が3倍以上高くなる
・深い睡眠が妨げられた被験者は、レム睡眠が妨げられた被験者に比べ、朝に砂糖水を摂取したあとにインスリン値と血糖値が急激に上昇した
・2晩連続して部分的に睡眠が妨げられるだけで、糖負荷を与えられた後のインスリン反応が20%減少する
・昼に睡眠をとると、夜に同じ長さの睡眠をとったときに比べ、体のインスリン感受性が30%低下する
…怖いですね。
やはり、睡眠不足や睡眠の質が悪いと「代謝」にも影響が出てきてしまうわけですね。
代謝がスムーズに機能するためには深い睡眠が重要であると理解いただけたかと。
≪睡眠不足と肥満≫
続いては、睡眠不足と肥満の関係についてみていきましょう。
睡眠不足と肥満の関係に関しては、多くの報告がありますので、いくつか挙げてみます。
・サンディエゴ大学の研究から、短時間睡眠の女性は肥満度を表すBMI値(体格指数)が高いことがわかった
・日頃から寝不足の女性は肥満率が20%高い傾向にある
・アメリカの研究では、平均睡眠時間が5時間以下の人たちは、肥満になる割合が15パーセント高いことがわかった
・平均7-9時間の睡眠時間をとっている人に比べ、睡眠時間が5時間の人は50%、4時間以下の人は73%も肥満率が高かった
・睡眠時間が7時間未満の人は過体重や肥満になるリスクが高まる
・2004年に行われたある研究では、1日の睡眠が7時間よりも少ない場合、8時間睡眠の人より8倍も肥満になりやすかった
このように、睡眠不足と肥満の関係を示唆する研究は多数報告されています。
ホルモンバランスが崩れる
睡眠不足と肥満の関係に関しては分かりましたが、ではなぜ肥満が引き起こされてしまうのでしょうか。
さまざまな要因がありますが、まずはホルモンバランスから。
睡眠が足りないと、満腹感を知らせるホルモンであるレプチンの分泌が減り、食欲を刺激するグレリンの分泌が増えることで肥満につながります。
ある報告では、8時間眠った人に比べ、5時間しか眠らなかった人は、食欲を喚起する「グレリン」というホルモンの分泌量が約15%多く、逆に、食欲を抑えるホルモン「レプチン」は約15%少なかったと。
またある報告では、睡眠不足になると両者のホルモンバランスが崩れて、グレリンが28%増加し、逆にレプチンが18%低下したとも。
睡眠不足になると、血中のレプチン濃度が朝だけでなく、一日中低下し、食欲を抑制する効果が発揮されなくなってしまうようです。
このように、不要不急の空腹感を感じて食欲が爆上がりした上に、その食欲に抑えが効きにくい状態になっているわけですから、そりゃ肥満に向かってまっしぐらなわけですよね。
また、他にも「GLP-1」というホルモンも関わりがありそうです。
通常は食後に腸から分泌されて脳に満腹であることを知らせるホルモン「GLP-1」が、睡眠不足時には90分後になってようやくピーク反応を示すようになってしまうと。
睡眠が不足すると、女性ではGLP-1ホルモンに、男性ではグレリンに、より多くの変化がみられるとのこと。
食欲が暴走し、カロリーを欲する
このようにホルモンの分泌異常が起こることによって食欲の暴走が起こると、余計なものまで食べてしまうようになると。
ジャンクフードや唐揚げといった高カロリーの食品をより好むようになり、タンパク質の摂取量は減るという傾向もみられるみたいなのです。
実際に睡眠時間が短い人、具体的には一晩の睡眠時間が7時間未満の人は総じてより多くの糖分を摂り、食物繊維の摂取量が少ないことがわかっています。
他にもいくつか報告されているものを列挙してみますね。
・睡眠不足になると、空腹感や食欲は23%増加、特に高血糖食に対する食欲は32%増加
・シカゴ大学の研究では、参加者の食欲は24パーセント増加し、特にケーキやスナック菓子など健康に良くないものを食べたがるようになった
・スウェーデンのウプサラ大学の研究では、睡眠不足状態の時の参加者は、ジャンクフードを多く買う傾向が強かった
・徹夜明けの被験者たちは、たっぷり眠ったあとに比べ、脂肪分が多く、甘く、カロリーの高い食品を購入した
・徹夜をした被験者は、7-8時間の睡眠をとった対照グループに比べ、より大きなサイズの食事を選んだ
・睡眠不足の人はよく寝た人よりも、1日平均で385キロカロリー多く摂取している
(※385キロカロリー;大体おにぎり2個分程度)
・睡眠をとらなかった実験参加者たちは、十分に睡眠をとった人たちよりも大きめのサイズを選択し、しかもファーストフードを好む傾向が顕著だった
このように肉体的にも精神的にも疲れていると、脳はすべての機能を基準値に保とうとして、追加のカロリーを探し始め、最終的に余計なカロリーを欲するようになってしまうわけですね。
食欲の暴走は動物的本能のせい?
先程、睡眠不足になると余計なものまで摂取してしまうようになる、ということをみてきました。
これは、動物的本能によるものかもしれないと。
十分な睡眠は脳内の衝動コントロールを回復させ、異常な食欲にブレーキをかけることができます。
しかし、睡眠不足になると、脳の「優先順位付け」の機能が低下し、人間の脳にいちばん古くから備わっている部位が過剰に反応するようになってしまいます。
ここでは、大きく分けると進化、自制、合理的な意思決定に関係が深い部位である2つの脳領域が関与しております。
・睡眠不足のときは食欲を司る部位でもある扁桃体の活動が活発になる
・扁桃体の活動が活発になる反面、前頭皮質と島皮質の活動は抑制される
前頭皮質は衝動を抑制する働きがあるため、この脳領域が抑制されてしまうと、扁桃体が暴れ出し、食欲が暴走してしまうわけですね。
人の身体は睡眠不足でいれば、食欲を感じやすいシステムになり、それだけで体は「太ろう」とする仕組みになってしまうということでしょうか。
ここで、面白い実験を1つ紹介します。
徹夜明けの被験者に食べ物の写真を見せたところ、睡眠をとった対照群に比べ、大脳辺縁系(報酬中枢)が活発に活動することがわかった、とのこと。
大脳辺縁系は、先程出てきました扁桃体も属する脳領域になります。
男性ホルモンであるテストステロンも関係していた
睡眠不足による肥満には、男性ホルモンであるテストステロンも関係していると。
テストステロンは、筋肉の量と強度を保つのに必要であり、テストステロン値が低いと、筋肉量の減少、内臓脂肪の増加などが引き起こされます。
若い成人を対象としたアメリカの研究では、睡眠時間5時間の日が1週間続いただけで、血中のテストステロン濃度が10-15%低下したことがわかりました。
睡眠不足によってテストステロンの分泌が少なくなる結果、筋肉量の減少と脂肪量の増加が助長されてしまうわけです。
男性ホルモンと言われると、男性にしか関係ないように思われる方もいるかもしれませんが、女性にも男性ホルモンは分泌されていますので、関係は大ありです。
特にダイエットしている女性ではより重要なホルモンになってきますね。
睡眠不足の状態になると、身体は脂肪を手放さなくなるため、筋肉から減っていき、脂肪が残るようになるわけです。
この状況では、いくらダイエットに励んでも、残念ながらスリムで引き締まった身体は手に入らないわけですよね。
加えて、睡眠不足は、食欲の増加につながり、脳の衝動を抑える機能が低下し、食べる量(とくに高カロリーの食べ物)が増え、食べてもなかなか満腹感を覚えず、余計に脂肪は蓄積されていくばかり。
ダイエットしても脂肪が減らないという人は、まず睡眠を見直してみるのがいいかもしれませんね。
代謝の低下
こちらは想像しやすいかと思いますが、代謝が低下することも肥満を引き起こす原因になってきます。
睡眠不足は、基礎代謝を上げる働きをしてくれる成長ホルモンの分泌も抑えてしまうので、それが消費カロリーの低下に結びついてしまいます。
なんと最大20%もの消費エネルギーが減少してしまうんだとか。
ちゃんと成長ホルモンが分泌されるような睡眠をとらずにいれば、肥満への道にまっしぐらとなるわけですね。
また、睡眠不足の翌日には、運動やそのほかのエネルギーを消耗する活動を避けようとする仕組みもあるよう。
つまり、慢性的な睡眠不足による体重増加の原因は、食事誘発性熱産生量の低下と身体活動の減少と相まった、摂取カロリーの増加と不健康な食生活にあるといえますね。
腸内細菌も肥満に貢献
以前のブログで、腸内環境が乱れると肥満になりますよ~というお話をさせていただきましたが、ここでもまた腸内細菌が再登場になります。
詳細に関しては以前のブログを参照していただけると幸いです。
ここでは、睡眠に関連して簡単にまとめておきます。
睡眠不足になると、ストレスによりストレスホルモンであるコルチゾールが分泌されます。
コルチゾールには、腸内の悪玉菌を増やすという働きもありますので、善玉菌との比率が乱れ、肥満が引き起こされます。
肥満になると食後にコルチゾールの分泌が大幅に増えることもわかっておりますので、悪循環に突入してしまうわけですね。
子どもも例外ではない
睡眠不足と肥満の関係は、大人だけの問題ではなさそうです。
ある研究において、睡眠時間が8時間未満の子どもたちは、推奨されている8時間以上の睡眠をとる子どもたちに比べると、肥満になる危険性が2倍も高くなることがわかったとのこと。
当たり前ですが、子どもにも睡眠が大事だということが、代謝の面からも再認識できますね。
ロングスリーパーも肥満になる!?
今まで睡眠不足と肥満の関係をみてきましたが、睡眠過多も肥満と関係があるみたいですので、ちょっと紹介を。
ある研究では、1晩に9時間以上の睡眠をとるロングスリーパーも、過体重や肥満になるリスクが高いことがわかりました。
ロングスリーパーの人も肥満とは無縁ではなさそうですので、注意が必要ですね。
睡眠不足はダイエットに大敵
先程、ダイエットに関して触れましたが、もう少しだけお付き合いください。
大昔には人間は食料を求めて長い道のりを進まねばならなかったことから、私たちの体はそもそも、エネルギーを消費するより蓄えるように設計されております。
このエネルギーを蓄える、すなわち脂肪を溜め込むホルモンの筆頭がインスリンになります。
先程、睡眠不足が糖尿病を招いてしまうことに関してお示ししましたが、睡眠不足で血糖値は上昇し、インスリン感受性は低下し、インスリンが効かないことで、さらに多くのインスリンが分泌され、脂肪を溜め込む作用が強まり、どんどんと悪循環に陥っていってしまいます。
「ダイエットしたいなら、まずは睡眠の改善から」
これは肝に銘じておきたい言葉ですね。
【まとめ】
心血管疾患
・平均睡眠が6時間より少ないと全身の炎症レベルが上がり、心疾患のリスクがはね上がる
・睡眠時間が4時間以下の女性は、心臓病で死ぬ危険性が2倍になる
・毎晩の睡眠が6時間以下だと、高血圧の危険性は3倍以上
・不整脈を発症するリスクが29%上昇
糖尿病
・睡眠不足あるいは体内時計に逆らう時間帯に眠ると、2型糖尿病のリスクが高まる可能性
肥満
・睡眠が足りないと、満腹感を知らせるホルモンであるレプチンの分泌が減り、食欲を刺激するグレリンの分泌が増えることで肥満につながる
・肉体的にも精神的にも疲れていると、脳はすべての機能を基準値に保とうとして、追加のカロリーを探し始め、最終的に余計なカロリーを欲するようになってしまう
・睡眠不足では、前頭皮質が抑制され扁桃体が暴れ出し、食欲が暴走してしまう
・睡眠不足によってテストステロンの分泌が少なくなり、筋肉量の減少と脂肪量の増加が助長されてしまう
・睡眠不足は、基礎代謝を上げる働きをしてくれる成長ホルモンの分泌も抑えてしまうので、最大20%もの消費エネルギーが減少してしまう
・子どもも大人と同様、睡眠不足で肥満が引き起こされる
・1晩に9時間以上の睡眠をとるロングスリーパーも、過体重や肥満になるリスクが高い
【クイズ】
Q1:睡眠不足によって、大動脈瘤破裂や大動脈解離などの血管系の疾患を引き起こし得る。〇か×か。
Q2:睡眠不足や睡眠の質の悪さは糖尿病とは関係しない。〇か×か?
Q3:肥満は睡眠不足とは関係するが、睡眠過多には関係がない。〇か×か。
回答
Q1の正解:〇
本文中には出てきていませんが、上記の疾患は引き起こされる可能性は大です
大動脈瘤破裂や大動脈解離は高血圧を基盤とした疾患ですので
Q2の正解:×
関係ありありです
睡眠不足あるいは体内時計に逆らう時間帯に眠ると、2型糖尿病のリスクが高まる可能性が示唆されています
Q3の正解:×
睡眠過多も関係ありありです
1晩に9時間以上の睡眠をとるロングスリーパーも、過体重や肥満になるリスクが高いとの報告があります
今回は、睡眠障害による体への影響を実際の病態に着目してみてきました。
次回は、今回紹介できなかった病態に着目して体への影響をみていきたいと思います。
『健康情報を手に入れて、今日も健やかに楽しく過ごしていきましょ~。ではまた。』
参考文献
『よく眠るための科学が教える10の秘密』リチャード・ワイズマン著
『スタンフォード式 最高の睡眠』西野 精治著
『賢者の睡眠 超速で脳の疲れを取る』メンタリストDaiGo著
『一流の睡眠』裴 英洙著
『睡眠こそ最強の解決策である』マシュー・ウォーカー著
『世界の最新論文と450年企業経営者による実践でついにわかった 最強の睡眠』西川 ユカコ著
『SLEEP 最高の脳と身体をつくる睡眠の技術』ショーン・スティーブンソン著
『最高の体調』鈴木 祐著
『ぐっすり眠る習慣』白濱 龍太郎著
『世界最高のスリープコーチが教える 究極の睡眠術』ニック・リトルヘイルズ著
『Sleep,Sleep,Sleep』クリスティアン・ベンディクト著 ミンナ・トゥーンベリエル著
『最高のリターンをもたらす超・睡眠術 30のアクションで眠りの質を高める』西野 精治著 木田 哲生著
『不老長寿メソッド 死ぬまで若いは武器になる』鈴木 祐著
『眠る投資 ハーバードが教える世界最高の睡眠法』田中奏多著
『熟睡者』クリスティアン・ベンディクト著 ミンナ・トゥーンベリエル著
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